我家は主婦(夫)二人制 B氏

 現在我家の家族構成は、満91歳(介護認定4)の母親と我々夫婦そして医療事故で障害を持つ息子 (36歳)の4人家族です。 母が70歳代後半頃から「通帳のお金が盗られる」「自分の家がわからない。」などの言動がありました。 福田先生に診てもらった結果、認知症の診断をうけました。 その当時私は定年前で家内に二人の介護を全面的に頼んでいました。 家内は専業主婦で、母の介護認定は2だったので、デイサービスやショートスティのサービスを受けながら、 私の手伝いなしでなんとか生活しておりました。今から思うと二人の面倒をよく見てくれたと感謝しています。
 5年程前に私は定年を迎えました。第二の就職先は、三年五ヶ月で退職。再々就職はせず、 する事といえば町内の自治会役員としてのお世話をすることのみになった。 家内は私が退職する少し前から時間パートに出ていましたが、最終的に継続することになりました。 私は今まで親や家内の世話になってきたのだから、これからはできるだけ面倒をみようと覚悟を決めました。 この時点では、母の介護認定は3でしたが、この時期が一番苦労した様な気がします。 テッシュペーパーや紙パンツの吸収剤を引っ張りだしては食べたり、生花や胡椒など目に入る物を 手当たり次第食べる。 また、ちょうと油断すると外に出て行き、町内の方が家まで送ってもらったりしました。 夜中に家の中を徘徊し、気の休まらない状態でした。その後、一年前に転倒して股関節骨折により 車椅子の生活となり、徘徊はなくなりました。「おしっこ」の声に起こされ夜中の2時・3時の介護は辛いの一言。 ベットに車椅子を寄せると本人が自力で車椅子に乗ってくれるので助かっていますが、便所に入って 用を足そうとした時「男の人は便所から出てください。」この場合の対応は、家内と主役の交替しかありません。 試行錯誤を繰り返すうちに「お父さん、おしっこ。」と言ってくれるようになりました。 (お父さんとは、息子の私のことです)どうして私を呼んでくれるようになったか。 自分では、家内より丁寧にして介護の質をあげたからだと自負していますが、真相はわかりません。 具体的には、体についた尿や便は温水で洗い流して水分を大型のナプキンでふき取る。 パットを必ず交換してもれないよう確認修正することを心がけています。 快適さの度合いは認知症であっても正確に評価していることがわかります。
 次に取り組んでいるのが洗濯です。洗濯そのものは、洗濯機の優越で決まるので私のできることは、 洗ったものをしわを伸ばしてほすことと、乾いた洗濯物を丁寧にたたむことです。 これらの作業も毎日繰り返すうちに面倒がらずにたためるようになったと思います。 家庭の主夫としての最後の難関は料理です。今のところ料理だけは手が出せない状況です。 まずは、食器洗いから始めております。私の主夫業の介護グレードが家内のグレードに近づいて同じ程度になれば、 主婦(夫)業の二人三脚がまっすぐすすんで、母も気持ちよく生活できると思っています。 「介護を楽しみながら」をモットーに今後も認知症の治療を続けながら、色々な福祉介護サービス (現在週4回のデイサービス)を利用し、母が在宅で快適な生活が送れるよう、 つとめていきたいと思っています。