介護手記 60代 女性

アルツハイマー型認知症と診断を受けた90代の父親を自宅にひきとってから3年目ですが、最初は皆様と同じ洗礼をうけて、ありとあらゆる突発事故に次々と巻き込まれて頭を抱えてしまいましたが、今では処方された薬の助けを借りてどうにか抑えが効いているようです。もっとも上の宣告を受けるはるか昔から瞬間湯沸かし型人間で元々その傾向は認められましたし、それに周囲にその認識が皆無でも人間誰しも90歳を越えれば、立派な認知症の資格があり得るものとある脳外科医師がサラリと私に言い放った時には、ミヨォ〜〜に悟りに近い境地になったものです。ナルホド・・と。
実は、彼こそが私にとって居宅介護4人目とは何とも出るはタメ息と言う経緯で、祖母に始まり、25年前には叔母、次は母親、そして10年間の中断をはさんで父親といった次第で、先の女性達も認知症でしたが、この最終判のお方が暴力をはじめとんでもない厄介な問題行動をおっぱじめて悩ませて来たとは他の皆様方と全く同様。
ご機嫌の良いときはマズマズですが、そうではない時はまさに男の馬鹿力をみせつけるといった次第で、何せ身長146cmの介護者も数年前の脳梗塞の後遺症を抱えているので自分の身を守るのに精一杯というのが実情といったところです。
実際この病には、つきものの短期の記憶障害は仕方がなしと適当に流していますが、最大の悩みと言えば・・・・こればかりはお釈迦様でも解決はご無理というシロモノのようで、何か良い手だてはないかいな〜とずっと四苦八苦の毎日です。
その良い例が「男の勲章」とやらの立ち小便に付随する、かくも果てしなき『汚し』との格闘の連続で、愚かにも先の女性達を引き合いに出してもどうしようも無いとは重々承知しながらつき嘆き節を吐露するなんて、コレも日頃の積み重なるストレスのガス抜き手段の一つともっぱら自己弁護しきりといったところです。
恐らく、介護者の性格にも多少なりとも、その責任がないとは言い切れませんが、どうやら世の中の介護役の巡り合わせとは水が一定の箇所に流れ込むように集中するような<定め>があるようで、その昔、叔母を引き取る際に自ら手をつけた自宅作りの間取り設計が既に介護向きに沿わせたものだったとは、まさに我ながら呆れる位に、その後の己の定めについての予見を物語るに十分だったと思いあたる節があります。 ソモソモ若い頃、数年に渡り地球半分の放浪暮らしで、若さに任せてやりたい放題で、当然親にも心配をかけていたバチが当たったものと今は苦笑するばかりです。
1975年、ようやく帰国して荷を解く暇もなく即、骨折で入院していた祖母の付き添いに放り込まれたのが運のツキでもあり、その辺でアキラメが肝心だったとは何ともお粗末な自虐に落ち着くしかないとは・・結局、介護の手とはその切迫性から時には他に選択の余地もなく誰かがその任のクジを引かざるを得ない厳しい現状は不変です。